『スター』
SNS時代に「国民的スター」は存在しうるのか? 映像制作に携わる対照的な2人の青年を通して、現代のメディアと創作のあり方を問いかける作品。質と価値、評価と心の間で揺れ動く主人公たちの姿に、私たち自身の価値観も揺さぶられる朝井リョウさんの傑作小説です!
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今回紹介する作品は?
こんにちは! 本が大好き・晴星(せい)です。
今回紹介するのは、朝井リョウさんの『スター』です。YouTubeがまだ今ほど浸透していなかった2019年に、朝日新聞で連載されていました。
映像制作に携わる青年たちの視点から、現代のメディアを描いた本作。SNSが台頭し、誰でも発信者になれるようになった今、「国民的スター」は存在しうるのか? という問いを投げかけています。
価値観の異なる二人の主人公が歩む道を通して、現代の「創作」のあり方や、変化する時代の中で大切にすべきものを考えさせられる物語です。
あらすじ
物語は、とあるインタビュー記事から始まります。インタビューされているのは、2人の男子大学生。この2人、尚吾と絋は、共同監督という形で一つの作品を作り、映画祭でグランプリを受賞しました。
インタビュー記事の後は、尚吾視点のパートと絋視点のパートが交互に描かれていきます。
対照的な二人の主人公
映画マニアの尚吾は、「神は細部に宿る」と信じて、とことん質にこだわるタイプ。大学卒業後は、有名な映画監督の弟子として、映像制作会社に就職します。「質の高い作品」のために、妥協せず議論を繰り返す環境に感動し、やりがいを持って働いています。ただ、YouTubeを質の低い偽物と見なすなど、古い考え方を持つ人でもあります。
一方で、離島出身の絋は、野生の勘で、一瞬を切り取ることが上手いタイプ。大学卒業後は、一旦島に帰ってフラフラしていました。そんな時に、母や同級生が観ていた料理系YouTuberの動画が100万回以上再生されていることを知り、衝撃を受けます。
価値観の揺らぎ
100万回以上という驚異的な視聴回数を叩き出しているYouTubeが気になりだした絋は、グランプリを獲った自分たちの映画を上映した劇場がガラガラだった記憶と比較し、価値観が揺れ始めます。このタイミングで人に誘われ、YouTubeの動画撮影・編集に携わることになるのです。
大学を卒業し別れて以来、尚吾と絋は長く再会することがありませんが、お互いの活躍は耳に入っており、互いを意識し続けています。対照的な二人の物語を追うことで、私たち読み手は、現代の「創作」のあり方について、考えさせられていきます。
本書の3つの魅力ポイント
- 現代のメディア環境と創作のあり方を鋭く描いている
- 対照的な価値観を持つ二人の主人公を通して、多角的な視点を提供
- 鐘ヶ江監督の言葉に代表される、創作者への心に響くメッセージ
感想(ネタバレなし)
この小説を読み進めていくうちに、何度も自分の価値観が揺さぶられることに気づきました。「これが正しい」と思っていたら、別の登場人物が違う考え方を示してくる。そしてそれに納得したかと思えば、また新たな視点が提示される。そんな体験を何度も繰り返す小説です。
この作品の興味深い点は、YouTubeがまだ今ほど浸透していなかった時期(2019年)に書かれたものだということ。今では、テレビ番組が公式チャンネルを持ったり、映画やドラマのプロモーションビデオがYouTubeに流されるのは当たり前ですが、そういった感覚が出来上がる前の段階を描いています。
登場人物の一人である浅沼のセリフに「問いより答えを持っている人のほうが、どうしても状態が整って見える」というものがあります。つまり、「これが答えです」と明言する人の言葉を「正解」だと思い込みがちだということ。この言葉は、本作を読んでいた私自身にも当てはまりました。色んな登場人物がそれぞれの立場で発言をする度に、「たしかに」「たしかに」と納得していたのです。
朝井リョウさんの巧みな比喩表現と読みやすい文章で、メディア論や創作論といった難しいテーマも、スムーズに読み進められる作品となっています。一つの考え方や価値観が正しいと信じ込むのではなく、もう一歩踏み込んで「考える」という行為を続けていきたいと思わせてくれる小説です。
主要登場人物
尚吾(しょうご)
映画マニアで「神は細部に宿る」という信念を持ち、質にこだわる青年。大学卒業後は有名な映画監督の弟子として映像制作会社に就職。物語の最初では古い価値観に固執していますが、徐々に変化していきます。
絋(こう)
離島出身で野生の勘を持ち、一瞬を切り取る才能がある青年。尚吾とは対照的に直感的な才能で映像を作ります。大学卒業後は島に帰りますが、YouTube動画の影響力に衝撃を受け、その世界に足を踏み入れることになります。
鐘ヶ江(かねがえ)監督
尚吾の師匠となる有名映画監督。創作に対する深い考えを持っています。
こんな人におすすめです!
こんな人には向かないかも……
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感想(ネタバレあり)
一見W主人公のように見える本作ですが、最後まで読むと主人公は尚吾だと分かります。彼が一番、最初と最後で変化しているからです。映画だけを最上と見なし、YouTubeなどを見下していた尚吾に最初は共感できませんでしたが、徐々に彼の価値観が揺さぶられていくのが興味深かったです。
尚吾の変化
尚吾は希望通り、映画監督の弟子になれたわけですが、うまくいくばかりではありません。絋の活躍を見て焦ったり、何本脚本を書いても認められなかったりと、挫折を経験します。8章の浅沼との会話で、尚吾は意外と周りに流されやすい人だということが分かります。昨今取り上げられている問題を脚本に詰め込みすぎて、心がこもっていない作品を書いてしまう場面は印象的でした。
絋の視点
絋のパートではMOVEの社長との対立が描かれます。社長は確実に「バズる」ことを狙ったマーケティング的発想で、絋はそれに反発します。でも社長の立場に立てば、彼の考えた方法にも正当性があります。MVの視聴回数は確実に増えるでしょうし、企業として成長する道筋があるからです。この葛藤が、単なる善悪ではなく現代の難しさを表していると感じました。
再会のシーン
尚吾と絋が再会するシーンではわくわくしました。二人でまた新しい何かをしてクライマックスに向かうのかと思いましたが、そうではありませんでした。泉とも再会し、オンラインサロンの話が出て、それを否定する二人と、尚吾の彼女の反応など、様々な価値観の衝突が描かれています。
この小説の時間軸はたった一年間のこと。大学を卒業して新卒の一年目。その間に登場人物たちの価値観はどんどん変わっていきます。意外と絋はぶれていない印象を受けましたが、対して尚吾は、大学時代あれだけ頑なにYouTubeを拒んでいた割には、経済的な理由で撮影がストップした監督に対し、ネット配信を提案するなど、簡単に自分の価値観が変化している様子が描かれています。これがこの小説の面白さだと感じました。
心に残った言葉
鐘ヶ江監督の言葉
「待つ。ただそれだけのことが、俺たちは、どんどん下手になっている」
「最終的に、自分を待てなくなる。すぐに評価されない自分自身を信じてあげられなくなって、作品の中身以外のところで認められようとし始める」
引用元:『スター』朝井リョウ(朝日新聞出版)第12章の本文より
この監督の言葉は、創作者だけでなく、今を生きる多くの人に響くメッセージです。すぐに結果や評価を求めてしまう現代社会において、「待つこと」の価値と難しさを教えてくれます。
「どんな状況であれ、作り手は、自分の感性を自分で把握する作業を怠ってはいけないということだ」
「自分はどんなものが好きなのか、どんなものを素晴らしいと思うのか、どんなものを苦々しく思うのか、心で色んなことを感じ、自分の感性を積み上げること」
引用元:『スター』朝井リョウ(朝日新聞出版)第12章の本文より
これらの言葉は、瞬く間に変わっていく時代の中で、変わらないよう努力できるのは自分の心や感性しかないということを教えてくれます。
監督の言葉を読んで、自分自身も周りからの評価ばかりを求めて、自分の気持ちに鈍感になってはいないか、自分の感性を磨く努力を怠ってはいないかと考えさせられました。
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著者・朝井リョウ さんについて
朝井リョウさんは、1989年生まれの小説家です。2009年、早稲田大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー、2013年には『何者』で第148回直木三十五賞を受賞しました。
若い世代の心理や現代社会の問題を鋭く描く作風で知られ、特に若者の生きづらさや現代のコミュニケーションについての洞察に定評があります。
本作『スター』も、現代のメディア環境や創作の価値について鋭く問いかける作品となっており、朝井リョウさんならではの視点と巧みな文章力が光ります。
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