『国宝』
2025年6月6日に映画公開!長崎の任侠の世界に生まれながら、稀代の女形歌舞伎役者として生きた立花喜久雄の約50年を描いた壮大な物語。芸術選奨文部科学大臣賞と中央公論文芸賞をダブル受賞した、吉田修一さんの作家生活20周年記念作品。何度も涙し、最後のシーンを思い出すだけでまた泣けてくる傑作です!
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今回紹介する作品は?
こんにちは! 読書は推し活・晴星(せい)です。
今回紹介する『国宝』は、2025年6月6日に映画が公開されたばかりの話題作の原作小説です。吉沢亮さんが主役を、横浜流星さんがライバル役を演じられています。
上下巻合わせて約800ページの大作で、2019年に芸術選奨文部科学大臣賞と中央公論文芸賞をダブル受賞した名作。吉田修一先生の作家生活20周年記念作品としても位置づけられています。
物語の舞台は1964年の東京オリンピックから現代までの約50年間。長崎の任侠の世界に生まれながら、歌舞伎役者として生きていく立花喜久雄という男性の一生を濃密に描いた作品です。
映画『国宝』について
2025年6月6日公開の映画『国宝』は、『悪人』『怒り』の李相日監督による吉田修一作品映画化第3弾。主演の吉沢亮さんが稀代の女形歌舞伎役者・立花喜久雄を、横浜流星さんが良きライバル・大垣俊介を演じる。歌舞伎指導は中村鴈治郎さんが担当し、劇中にも出演されている。
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あらすじ
長崎の任侠一家に生まれた立花喜久雄は、14歳の時に父親を殺害され、上方歌舞伎の名門当主・花井半二郎に引き取られます。背中に刺青を入れた任侠の世界で育った少年が、歌舞伎の道へと足を踏み入れることになったのです。
歌舞伎界の名門御曹司である大垣俊介とは正反対の境遇でありながら、二人は良きライバルとして切磋琢磨していきます。
東京オリンピックから現代まで、激動の50年間。喜久雄は数々の困難と別れを乗り越えながら、稀代の女形歌舞伎役者として成長し、やがて芸の頂点を目指していく物語です。
本書の3つの魅力ポイント
- 吉田修一先生の3年間にわたる徹底取材により生まれたリアルな歌舞伎世界
- 舞台の語りのような独特な文体で描かれる臨場感あふれる物語
- 芸に生きることの重さと代償を描いた深い人間ドラマ
感想(ネタバレなし)
この作品を書くために、吉田修一先生の取材ぶりが本当にすごいんです。もともと歌舞伎について詳しくなかったという吉田先生。中村鴈治郎さんのご厚意で自分用の黒衣の衣装を作ってもらい、毎月のように鴈治郎さんについて全国の劇場を回るうちに、すっかり歌舞伎の世界に魅入られてしまったとのこと。
その取材の甲斐もあって、歌舞伎の初心者にもわかりやすく、それでいてとてもリアルに描かれています。私自身、歌舞伎を3回見たことがある程度で詳しいわけではありませんでしたが、毎回どんな演目かを分かりやすく説明してくれているし、それぞれの演目が登場人物たちの物語と密接に関連しているので、最後まで楽しく読むことができました。
特に印象的なのが、独特な文体です。まるで舞台の上に立った人が客席に向かって「こんな話がありましてね?」と説明しているような、語りのような文体になっています。読んでいると、本当に歌舞伎を見ているような臨場感があります。
古典的ストーリーながら抜群に面白い作品です。主人公にはライバルがいて、親友もいて、邪魔する勢力もいて、女性関係もそれなりにあって、困難にぶつかりながらもその道で頂点を極めるという、王道の成長物語となっています。
こんな人におすすめです!
こんな人には向かないかも……
吉田修一さんの他作品
他の作品もぜひチェックしてみてください!※以降は、ネタバレありの感想を書いております。未読の方でお話の内容を知りたくないという方は、こちらでUターンをお願いいたします!
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感想(ネタバレあり)
復讐話かと思ったら……
正直に白状すると、私は最初、単純な復讐話を予測していました。背中に刺青を入れ、任侠一家の一員として少年期を過ごした喜久雄。父親を殺され、その真犯人を知らぬまま歌舞伎という芸にのめり込んでいく。この設定を見て、最終的には真犯人への復讐を果たす話かと思ったんです。
でも結果的に、喜久雄が復讐に走ることはありませんでした。きっと、10代や20代に真犯人のことを聞いていたら違ったのでしょう。でも喜久雄は歳をとりすぎていて、そして何より、芸に魅せられていたんですよね。これは単純な復讐劇ではなく、もっと深い、芸に生きる人間の物語だったんです。
何度も泣いた下巻
下巻では、本当に何回も泣きました。喜久雄も歳を重ね、孫や弟子など新たな出会いもありながら、親しい人たちとの別れも次々と描かれていきます。
印象的だった3人の散り際
小野川万菊:誰にも知られぬ地でひっそりと息を引き取った万菊。場末の安宿で、昨夜余興をした名残だったのか、顔に白粉が塗られ、紅も差された状態で息を引き取るんです。その描写が美しくて、彼は最後まで役者として散っていったんだなと思いました。
俊介:糖尿病で両足が壊死・切断されながら、義足で舞台に立ち、命を燃やした彼の最後は、本当に壮絶でした。小説上巻の甘えた俊ぼんは、もういないんだなあと思いました。
喜久雄:芸に魅せられ、虚になりながらも、ある「景色」を求め、舞台に立ち続け、最後まで踊り続けた喜久雄。最後のシーンを思い浮かべるだけで、今でも泣けてきます。
歌舞伎は「死」を描く芸術
吉田修一さんは、歌舞伎は死ぬってことを大事に描いているとおっしゃっています。フランスの芸術家のジャン・コクトーは、「歌舞伎は基本デフォルメなのに、切腹(死に際)だけは生々しく描く」と言っていたそうです。
だから歌舞伎の演目になぞらえて語られる本作の登場人物たちの死に際も、これほどまでに鮮烈で衝撃的で心に残るんでしょうね。
芸に生きることの重さと代償
恋人として、夫として、父親としての喜久雄は、正直言うと最低な人間かもしれません。何を犠牲にしてでも芸に生きた男でした。でも、それこそが最高の役者へ、人間国宝へ至る道なんです。人間は、すべてを得ることはできない。そんな厳しい現実を突きつけられています。
女性たちの懐の深さ
歌舞伎役者たちを支える女性陣にも注目していました。喜久雄に大きく関係する女性は三人いましたよね。長崎時代からの恋人・春江、京都の芸者・藤駒、歌舞伎界の重鎮の娘・彰子。
彼女たちは、みな自立した女性です。喜久雄を愛しながらも、自分たちよりも芸を愛している喜久雄のことを理解していました。彼女たちがいたからこそ、喜久雄は芸の道を突き進むことができたというのは間違いないでしょう。
メディアと世間の身勝手さ
一度歌舞伎の道から逃げた俊介が華々しい復活を遂げるため、喜久雄は悪役にされました。婚外子がいることや、出自が任侠の一門であることがバラされ、ワイドショーのネタにされてしまいます。
本作でいえば、「喜久雄に婚外子がいる」というニュースが出た時、怒る権利があるのは喜久雄の娘やその母だけだと思うんですよね。それ以外はすべて言葉の暴力になっているように私には感じられます。
運命的な偶然
面白い偶然があったそうです。物語の冒頭で、喜久雄の実父が抗争で殺害される長崎の料亭の場所があります。実は、歌舞伎座を作った人物が、その料亭がある花町の隣町に住んでいた人だったそうなんです。まるで歌舞伎の神様が作品を彩ってくれたような、不思議な巡り合わせですよね。
著者・吉田修一 さんについて
吉田修一さんは、1968年生まれの小説家です。1997年に『最後の息子』で第84回文學界新人賞を受賞し、小説家デビューしました。2002年に『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川龍之介賞を受賞し、その後も『悪人』『怒り』など数多くの話題作を発表されています。
日常的な人間関係や現代社会を舞台にしながら、リアルで生々しい人物描写と巧みな語り口で読者を引き込む作風で多くの読者に愛されている吉田先生。純文学とエンターテインメント小説の両方で高い評価を受けており、ジャンルにとらわれない多彩な作品を生み出しています。
『国宝』は作家生活20周年記念作品として位置づけられ、3年間にわたる徹底取材により生まれた傑作。まさに芸能小説の金字塔と言える作品です。