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『星野源論(新潮新書)』 戸部田誠(てれびのスキマ)、つやちゃん、小田部仁 の書籍情報

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書籍情報

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星野源論(新潮新書)

星野源論(新潮新書)

電子書籍で読める

あらすじ

異端にしてど真ん中――。
「アナーキーなポップスター」の神髄に迫る!
「異端にしてど真ん中」の傑作群を世に放ち、比類なき地平を切り拓いてきた星野源。しかし、その表現は音楽・演技・文筆など多岐にわたるため、まだ誰も全体像を語り切れていない。なぜ〈生まれ落ちた日から よそ者〉と歌うのか? どんな文化的影響を受けてきたのか? 生死を彷徨い、絶頂と奈落の先で掴んだものとは――。
二人の論者が、「芸能史」から創造の源泉を探り、〝アナーキーなポップスター〟の神髄に「音楽批評」で迫る。
【著者コメント】
戸部田誠(てれびのスキマ)
星野源について書くのは難しく、緊張を伴います。彼の活動が多岐にわたり、そのイメージが「ばらばら」だからでしょうか。しかし一方で、一貫して自らが連なる“系譜”に対して自覚的です。ならば、芸能史の中で彼がどこに位置するのかを明らかにすることこそ、その輪郭を浮かび上がらせる手がかりになるのではないか。そう考え、その“源流”を辿りました。
つやちゃん
なぜ人は、星野源について語りたくなるのでしょうか。固定された人物像に対して、人はそれほど言葉を尽くしません。星野源に語りの欲望が集まるのは、彼がいくつもの顔を持ち、領域を人格横断してきたからでしょう。変身を重ねてきた音楽作品から、この表現者に固有の本質をあぶり出していきます。
【目次より】
はじめに 小田部仁
第一部 源流──芸能史の中の星野源 戸部田誠(てれびのスキマ)
序 章 欲張りなエンターテイナー──「ばらばら」
第一章 王道の継承と更新──『おげんさんといっしょ』
第二章 くだらないの中に──『星野源のオールナイトニッポン』
第三章 アナーキーなポップスター──『逃げるは恥だが役に立つ』『紅白歌合戦』
終 章 「どうでもいい」絶望の中の幸福論──『LIGHTHOUSE』『MAD HOPE』
第二部 意味に支配されない音楽 つやちゃん
序 章 なぜ人は星野源について語りつつ、いつも語り得ないのか
第一章 名のない不安の時代──孤独がつくった原型
第二章 歌の前に、型があった──声を持つための回路
第三章 踊るための型──『YELLOW DANCER』と、黒人音楽を引き受ける身体
第四章 ポップという型の臨界点──「恋」と『POP VIRUS』
第五章 言葉を急がない音楽──意味過剰時代のポップと『Gen』
終 章 ポップがまだ生きているということ
おわりに 小田部仁
【著者プロフィール】
戸部田誠(てれびのスキマ)
ライター。テレビや芸能ドキュメントを中心に執筆する。著書に『タモリ学』『笑福亭鶴瓶論』など。
つやちゃん
文筆家。音楽やカルチャー批評を中心に執筆する。著書に『スピード・バイブス・パンチライン』など。
【編者プロフィール】
小田部仁
編集/文筆。音楽やカルチャーを中心に執筆、編集。星野源の『YELLOW MAGAZINE』に創刊から携わる。
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